3月11日。
あれから10日余りが過ぎました。
被災地の皆さん、そして被災にあったご家族、ご友人の方々には、心からお見舞い申し上げます。
実は私の義理の父母も今回震災に遭い、今も大変な思いをしています。
福島県南相馬市。 この数日ですっかり有名になってしまいました。
幸い皆無事で、家も流されずに済みましたが、原発の避難区域ぎりぎり外の場所で、今も自宅待機中です。
地震があった日、そしてその直後、私にはいつも通りの仕事もあり、様々な思いの中でそれでも仕事をしていました。
そんな私を近くで見ていたオリエ氏も、きっと色んな思いの狭間で沢山戸惑いながら、それでも私を気遣い、支えてくれました。
被災者の親戚である事、自分の日常、日々二転三転する現状、不安な毎日、色んな思いが混在する中、私は無意識にパニックになっていたように思います。
「出来る限り日常に戻り、経済を動かすことも復興への一歩」
そんな声に賛同しきれずに戸惑う日々が続きました。
分かっていても、それでもそんな中買い物をしたり仕事したり日常をおくる自分への疑問がありました。
そんな中、少しずつ少しずつ復興の兆しが見え始め、まだまだ油断できない中でも明るい兆しが見え始めた原発のニュース等、1日1日過ぎるごとに私自身も落ち着いて物事を考えられるようになってきました。
仕事があるならば仕事をし、節電や募金など出来ることを継続しながら、冷静に日常を過ごす。
私が今出来ることはそんな事くらいしかないけれど、それをずっと続けていくことが大切な事なんだと思いました。
この震災で、きっと日本中の人たちが様々な事を考えたり、気づいたり、行動したりしていると思います。
支援物資や募金も沢山集まり、献血の血液も余るほど集まっていると聞きます。
でも大切なのはそれを継続すること。
喉元を過ぎても熱さを忘れることなく、小さなことでもそれを続けていくことが、被災に遭わなかった私たちがするべき事なんだな、と思いました。
今日も私は仕事をします。
ストーブを止めて、無駄なコンセントを抜いて、出来る限りのことをしながら日常を過ごしたいと思います。
どうか1日でも早く、東北地方が復興し、みんなが無邪気に笑える日が来ますように。
心からお祈りしています。